まだ実はならない。でも果樹をやめる理由はない
正直に言うと、
ベランダで育てている果樹は、まだ一度も実をつけていない。
それでも、やめようと思ったことはない。
成果が出ていないのに、なぜ続けられているのか。
今日はその理由を、今の正直な感覚で書いてみる。
なぜ成果ゼロでも、やめる理由がないのか
果樹は、短期リターンの世界じゃない。
水や肥料をたくさんあげたからといって、
やればやるだけ単純に育つものでもない。
思えばこれ、投資とよく似ている。
時間をかけて、
環境を整えて、
あとは「待つ」。
果樹も投資も、
最終的に味方につけるのは「時間」だと思っている。
果樹がくれている“すでに得ているもの”
実はならなくても、
果樹からはすでにたくさんのものをもらっている。
毎日の観察という楽しみ。
葉の色や張りから、季節の変化を感じる時間。
そして何より、
将来たくさん実がなって、新鮮な果実を食べている自分の姿を
自然と想像させてくれること。
まだ起きていない未来なのに、
それを「あり得るもの」として感じられるようになった。
これだけでも、十分な価値がある。
「実がならない=失敗」ではない
2026年1月時点。
果樹育成は、完全に初心者だ。
だから今、実がならないことに対して
焦りはほとんど感じていない。
実がならない=リターン0。
そんな数字だけで判断する軸は、最初から持っていない。
今は「失敗」ではなく、
単に「途中」だと思っている。
苗が枯れず、
幹が太くなり、
枝が増えている。
その事実だけで、
思い描いているベランダ果樹園に確実に近づいている。
投資と果樹が似ていると思う理由
一番似ているのは、
焦ると失敗するところ。
果樹の調子が悪いときに、
焦って肥料を与えすぎてしまう。
投資で含み損が出たときに、
焦って有望だと思っていた銘柄を手放してしまう。
どちらも、
「今すぐ何とかしよう」とすると、
だいたい裏目に出る。
波があるのは当たり前。
長い目で続けた人だけが、
結果を受け取れる世界だと思っている。
まとめ|やめる理由がないということ
実がならなくても、
果樹はすでに生活の一部になっている。
良いときも、
うまくいかないときも、
どちらも含めて受け入れられる心が育ってきた気がする。
やめる理由がないということは、
続ける理由がちゃんとあるということ。
それは、
時間をかけた先にある未来を、
もう現実として見始めているからだと思う。
今日も変わらず、
ベランダの果樹を眺めながら、
この生活を続けている。